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貝類の本の紹介

汽水域に生きる巻貝たち―その生態研究史と保全―

2020年2月10日

汽水域に生きる巻貝たち―その生態研究史と保全―
和田恵次 著(東海大学出版部)

これまでもちりぼたんの新刊紹介で干潟や汽水域の貝類について紹介させていただいてきたが,これらは図鑑タイプの書物が大半であった(鈴木・他. 2013)。この度は人間活動の影響を最も受けやすい陸地と海の接点・汽水域という環境に適応して生きる巻貝について,その研究の成果をより詳しく取り上げ,著者の暖かくて鋭い観察を通じて綴られた良書が刊行された。私事になるが,2月初めに開催された和歌山県レッドデータブック関係の会議時に,刊行されてまだ日も浅い本書を和田氏から恵贈された。氏は高名な干潟に生息するカニ類の生態学者である(和田, 2017)が,カニの研究を通じて巻貝にも観察の目を持つに至った過程は,巻末の謝辞の中に綴られており,そこに登場するお方のお名前などもなつかしい。

本書は6章から構成される。その第1章は汽水域の環境特性と動物・植物の塩分濃度による種数の変化を紹介している。6章の内2〜5章が本書の中心的な内容で,具体的な種名(タマキビ科,スガイ,イシマキガイ,コゲツノブエ,ウミニナ,ホソウミニナ,イボウミニナ,センニンガイ,キバウミニナ,ヘタナリ,カワアイ,フトヘタナリ,カケノコカワニナ,ワカウラツボ,カワザンショウ科の各種)を登場させて,それら貝類の生態的なデータを出しつつ解説している。中でも環境省(2017)のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されているワカウラツボ Wakauraia sakaguchii (ワカウラツボ科 Iravadiidae)の生活史と個体群動態を解明した小林・他 (2003) ,Kobayashi & Wada (2004) の要約に注目してみたい。本種は記載後において追加個体がなかなか採れず“幻の貝”とされていたが,熱心な調査者によってその生息状況(泥に埋没した石の下に棲む)が解明されてきた。本書ではその生態的解明について,詳しく解説されている。室内で飼育して観察されたワカウラツボの活動パターンを解析して,“生息地は冠水時には石の下から外に出て,石間を移動すること,好適な塩分条件は海水に近い髙塩分であること,生息地の底質は泥であること,石は1cmから10cmほどまで埋没していること,寿命が比較的長いながらも,毎年の新規加入数が極めて少ないことで個体群が衰退しやすいこと”などを解明されたのである。最後の6章では著者は,在来種の生息に少なからず影響を与える外来生物の侵入と人間活動の影響の受けやすい汽水域での保全について,氏がフィールドにしている和歌山県田辺湾での例を出しつつ“希少種をたくさん含む自然生態系の保全を望みたい”と強く警鐘をならしている。研究方法のヒントが得られること,研究に必要な引用文献が多数紹介されていることなど,汽水域貝類の手引書としてお勧めしたい。巻頭には8ページにわたり汽水域の貝類・88種がカラー写真であるので,これも楽しい。

引用文献

  • 小林由佳・和田恵次・杉野伸義. 2003. 汽水棲巻貝ワカウラツボ(腹足綱:ワカウラツボ科)の分布に関係する要因. 日本ベントス学会誌 58 : 3-10.
  • Kobayashi, Y. & Wada, K. 2004. Growth, reproduction and recruitment of the endangered brackish water snail Iravalia (Fairbankia) sakaguchii (Gastropoda : Iravadiidae). Molluscan Research 24 : 33-42.
  • 鈴木孝男・木村昭一・木村妙子・森 敬介・多留聖典. 2013. 干潟ベントスフィールド図鑑. 257pp. 日本国際湿地保全連合, 東京.
  • 和田恵次. 2017. 日本のカニ学 ― 川から海岸までの生態研究史 ―. 173 pp. 東海大学出版部, 平塚.

(紹介者:湊  宏)

出版社ウェブサイト:
https://www.press.tokai.ac.jp/bookdetail.jsp?isbn_code=ISBN978-4-486-02167-4

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